第5章 41話 逃げ惑うなか蘇る記憶 【時の輪廻 】

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「はぁ。はぁ」

 

 何とか詩穂さんのおかげでビルの中の事務所の一室に逃げ切れた。

 

 ビルから大分水は引いたけど、床の水は多少残っている。そのせいで、靴がビショビショに濡れてしまった。

 

 冷たいとか気持ち悪いとか言っている場合じゃないんだろうけど、でも、履き替えたい。気持ち悪い。

 

 詩穂さんのスマホを何とか受け取ったけど、いくら防水機能があったとしても、この水に浸かってしまったら、しばらくは使えないだろうな。

 

 あの正義気取りの警察官が。あんな奴に。詩穂さんは。でも、あいつはまだ生きている。何とか見つからない様に、このビルから逃げ出さないと。

 

 廊下を走る音がだんだんと近づいてくる。水が捌けていないせいか、ビチャビチャと汚い音が耳に届く。

 

 息を潜め、デスクの陰に隠れた。

 

 あいつが来たのか、それとも他の誰かが来たのか。今、ここからは確認が出来ない。

 

「誰かいないのか!?」

 

 口早に男が叫んだ。その声質から焦りが見てとれた。しかし、私も突然の声に身体がビクッと反応してしまった。

 

 馬鹿。そんな大声出したら見つかっちゃうじゃない。

 

 足音から男が私のいる部屋に入ってくるのがわかった。歩く度に足音がビチャビチャ鳴っている。

 

 私は見つからない様に、男がいる方とは逆の方向にゆっくり移動した。

 

 両手と膝を冷たい水の中に入れ、進んだ。手を、膝を出すたびにヒヤッとくる。声が漏れそうだった。

 

「誰もいないのか?」

 

 だからさ~。馬鹿なわけ? 見つかっちゃうっていうのに! だんだん男の行動にムカついてきた。

 

「ヒャッ!」

 

 咄嗟に口を押えた。デスクとデスクの間を右に曲がろうとしたとき、目の前に女性が横たわっていた。

 

 どうやらもう、息をしていなかった。津波から逃げ遅れたようだった。

 

「誰かいるのか?」

 

 男が私の方に近づいてくる。私はゆっくり立ち上がった。

 

「ちょっとさー。さっきから五月蠅いんだけど」

 

 私は男を睨みつけた。どうやらあの警察官ではなかった。

 

 男は驚いてたじろいでいた。

 

「ご、ごめん。悪気はないんだ」

 

 男は両手を胸の前に突き出して、手を振った。

 

 大学生くらいだろうか。恐らく私よりは歳が上のような気がする。

 

「あの警官から逃げてきたんだ。恐らく俺以外はみんなやられた。何なんだよあいつ」

 

 男はデスクに両手をついた。男の両手が震えているのが見えた。

 

「神の声が聞こえた? 俺がお前らを神の国に連れて行ってやる? どうかしてるよ全く」

 

 男はそう言って、そのまましゃがみ込んだ。

 

「ちょっと。声が大きいって」

 

 私は男に少しずつ近づいた。男が立ち上がった。

 

「ごめん。そのまま動かないで」

 

 男が近寄って来そうだったので、牽制した。

 

「あ、ごめん」

 

 男は鼻を擦った。

 

「ごめん。私は早くここから出たいのだけど、あなたはどうする?」

 

 男は少し考えた後、口を開いた。

 

「俺もここから一刻も早く脱出したい。死体もゴロゴロ転がっているし、あいつには殺されたくはないからな」

 

 男が一歩近づいてきたので、一歩後ずさった。

 

「ここ何階かわかる?」

 

「5階だったと思うけど」

 

 男は答えた。5階か。無我夢中で駆け下りてきたから、気づかなかった。

 

 突然バラララララ。とサブマシンガンのような銃声が聞こえてきた。私の鼓動が早くなっていくのがわかった。それと同時に背筋が凍り付くようにゾワッとした。

 

 大分近くまで来ている。

 

「早くここから逃げなきゃ」

 

「うん。そうしよう」

 

 男は言った。私は、事務所のドアを開けて、廊下へ抜けた。男も私の後ろをついてきた。左右を見渡したが、誰もいなかった。

 

「今のうちに下に降りよう」

 

 私は後ろの男に向かって言った。

 

「ああ」

 

 とだけ返事が返ってきた。なるべき足音を立てない様に気をつけて歩くが、誰もいないせいか、どうしても足音が響き渡ってしまう。

 

 廊下の端にある非常階段までの道のりが、異様に長く感じる。エレベーターフロアの横を通り過ぎたが、やはり、電力は通っていないようだった。

 

 タンッ! タンッ! と背後から軽快なリズムが聞こえてきた。

 

「おいおい。こっちに来たんじゃねーのか?」

 

 男が小声で話してきた。

 

「早く行きましょう」

 

 私が後ろを振り向くと、遠くに、銃を構える男が立っているのが見えた。

 

「伏せて!」

 

 私は、男の右手を思い切り引っ張った。男は突然の事にバランスを崩して、前のめりに倒れた。

 

 そして、その瞬間、バラララララという銃声が響いたと同時に、遠くの壁に穴が空く音が聞こえた。

 

「ま、まじかよ」

 

 男の声が震えている。

 

「おい、お前大丈夫か!?」

 

 男の手を触ったからか、何なのかわからなかったけど、全身に電気が流れたような感覚が襲った。あの時の記憶が……。

 

「あ、あの時、私は……」

 

「おい、しっかりしろ!」

 

 男の声が小さく聞こえる。ああ。そうだ。私はあの時。ああ。思い出した。そうだ。この人も。あいつも。

 

 また、バラララララと弾丸が駆け抜け、壁に大量の穴を空けた。

 

「あ、あなたはあの時の……」

 

 男が私の顔を見て、首を傾げた。

 

「お前、こんな時に何を言っているんだ?」

 

 遠くでマガジンを捨てる音が聞こえた。

 

「早く行くぞ!」

 

 そう言うと、私の手を引っ張って、走り抜けた。

 

「ちょっと待って」

 

 私は男の手を振りほどいた。

 

「あ、ごめん」

 

 私は首を振った。

 

「う、ううん。ちょっと痛かったから」

 

「あ、ああ」

 

 男はそう言うと、階段を一段飛ばしで降りて行った。廊下からはマシンガンをぶっ放す音が聞こえてきた。

 

「私、思い出したの」

 

「何をだよ?」

 

 男は振り向きはしなかった。階段を駆け下りている。私も続いた。

 

「一度あなたに助けてもらっている」

 

「何を馬鹿な事を。俺は今日お前に初めて会ったんだぞ」

 

「うん。それはわかってる」

 

 男は止まった。

 

「お前大丈夫か?」

 

 私の顔を見ると、また、階段を降り始めた。

 

 今、ここで話しをしても理解してもらえない。私が同じ日をループしているなんて。とても言えない。

 

「おい。こっちだ!」

 

 男が手を振り上げて、合図をする。私は、男の背中を追いかけた。

 

 エントランスが見えてきた。ようやく外に出られる。

 

「ここから出れるぞ」

 

 男はそう言って、エントランスの自動扉を強引に開けた。

 

 私は男が開けてくれた、扉の間を通って、外に出た。男も外に出てきた。そして、扉を閉めた。

 

「ありがとう」

 

 男は首を傾げた。

 

「お前変わったな? 俺に惚れたか?」

 

 私の顔が熱くなるのが感じた。と同時に、振り上げた右手を途中で止めた。

 

「ごめん。別にそう言うのじゃないから」

 

 私は男を置いて、歩いた。

 

「おい。悪かったよ」

 

 男は小走りに後をついてきた。

 

「あ、あの時は……」

 

 私が男に話しかけたとき、聞きなれた、着信音が鳴った。

 

「お。なんだ。誰だ?」

 

 男は慣れない手つきで、スマホを操作している。スマホを耳に当てた。

 

「お前誰だ?」

 

 男が私を見た。

 

「ああ。お前。彼氏か」

 

 男はしかめっ面で、右手を左右に振った。どうやら、話が通じていないようだ。

 

「葵? 知らないな」

 

 今、葵って言った? それ私じゃない? 私は男に私じゃないの? とジェスチャーした。男は首を傾げた。

 

「ちょっと待て。お前は何か誤解をしている」

 

 男は頬を掻いている。

 

「偶然拾ったんだ。ちょうど俺の携帯も壊れちまって」

 

 男は髪の毛を掻きむしっている。

 

「いや、いなかった」

 

 え? ここにいるんじゃ?

 

「ここももう終わりだ。まるで地獄のようだ」

 

「私があお……」

 

 私の声を遮る様に自動扉がマシンガンによって破壊された。

 

「あっ! まただ。すまん電話を切るぞ!」

 

 男はズボンのポケットにスマホを閉まった。それ、私のじゃ……。でも、そんな事を言わせてくれる時間さえ与えてくれなかった。

 

「俺があいつを引き付ける。だから、お前は逃げろ」

 

「でも」

 

「いいから行け!」

 

 そう言うと、男は私とは逆方向に走って行った。

 

「後で連絡するから!」

 

 男の返事はなかったが、多分聞こえてるはず。私は、新宿駅南口の改札へ向けて走った。

 

 


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