第5章 38話 背後から迫りくるもの 【時の輪廻 】

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「おい。何か聞こえないか?」

 

 景は辺りを見渡している。

 

「おいっ! 透哉! あれを見ろ!」

 

 景は東の方角を指した。俺はその指さす方へ視線をやった。

 

「あ、あれって!?」

 

「やばい。まじやばいぞ! 透哉走れ! 津波に飲まれるぞ!」

 

 景はそう言うと、津波を背に走った。俺も景に後れを取らない様に懸命に走った。

 

 なんなんだあの津波は。葵は大丈夫なのか? 詩穂さんはどうしてるんだ。やばいやばい。あと少しで都庁なのに。

 

「おいおい。バカかよ! なんだよこれ!」

 

 前を走っていた景が立ち止まった。俺は視線を上に上げた。無我夢中で走っていた為、それに気づかなかった。炎が空に向かって渦巻いて移動している。

 

「燃えている! これって!?」

 

 透哉は辺りを見渡した。 火災旋風ならこれかな?

 

「火災旋風だ! 西口が火災旋風で燃えているんだ!」

 

 景は火災旋風を眺めている。

 

「景さん! これ使ってください!」

 

 俺は色々な事象を想定し、色んなモノをリュックに詰め込んでおいた。

 

 俺はガスマスクを景に投げた。景は一瞬驚いていたが、それを受け取ると、少し口角を上げて見せた。

 

「ナイスだ。だてに何度も死んでないな。おまえ」

 

「いや、まぁ」

 

 景は俺の肩をポンと叩いた。

 

「いいか。火災旋風の動きをよく見るんだ。一つは、あれの動きとは垂直方向に逃げること。北東の方に向かっている。ちょうど俺たちとは真逆の方向に向かっている」

 

「はい」

 

「そして、もう一つが、ガスだ。どうしようもないと思っていた、ガス対策だったんだがな、透哉。お前が都合よく持っていたからな。ナイスだ。これで特に問題なく突破できる。後は、熱と上空からの散乱物に注意すれば大丈夫だ」

 

 景は後ろを見た。

 

「津波も迫ってきている。火災旋風の暑さでこのまま甲州街道を通り過ぎるのは危険だ。わかるな?」

 

「はい」

 

「と言う訳だから多少遠回りしていく」

 

 景は俺の肩をもう一度ポンと叩くと、走り出した。そして、振り向いて言った。

 

「いいか。全力で追って来い! 早くしないと飲み込まれるぞ!」

 

 津波も大分迫ってきているのが見えた。恐らくここら辺一帯に到達するのも後十分もかからないだろう。しかし、何メートルあるのだろうか。いや何メートルでは到底収まりそうな大きさじゃない。

 

 俺たちは代々木方面へ向かい、新宿マインズタワーを回る様に裏手を走った。この一帯は、ビルや家屋は倒壊していたが、火災は発生していなかった。そのまま、文化学園大学を目指した。

 

 大学に向かっている途中の路地裏にあるアパートの前を通り過ぎようとした時、女の子の泣く声が聞こえた。

 

「今、女の子の声が」

 

 俺は足を止めて辺りを見渡した。女の子の姿は見当たらなかった。

 

「おい! 助けるつもりか?」

 

 景は立ち止まって、俺を見た。

 

「いや……」

 

 やっぱり、また女の子の声が聞こえた。おそらくあのアパートの2、3階辺りだ。

 

「景さんごめん! やっぱり無理だ」

 

 俺はそう言うと、アパートの階段を駆け上った。

 

「馬鹿野郎! 死にたいのか!」

 

 そう言いながら、景が追いかけてくるのがわかった。

 

「いた!」

 

 3階の渡り廊下の所でしゃがみ込んで泣いている。俺は近づいて、膝をついて、女の子の顔を覗き込んだ。

 

「大丈夫?」

 

 女の子はビクッと後ずさった。そうか、ガスマスクをしたままだった。俺はガスマスクを外した。

 

 どうやら、妹よりは幼そうだ。

 

「早くここから逃げないと」

 

 女の子は首を振る。

 

「お、お母さんが」

 

 女の子はそう言って、玄関の前を指さした。玄関の方を見ると、玄関のドアは地震のせいで、歪んでいて、どうしても開きそうになかった。部屋の中からも、人の声は聞こえない。

 

「おい! 馬鹿! 早く逃げるぞ!」

 

「でも、中に人が!」

 

「馬鹿野郎! もう無理だ。無理。諦めろ! 早く行くぞ!」

 

「でも、この子が……」

 

 女の子は再び泣き始めた。

 

「ここら一帯、人の気配がしない。死んだか、逃げたかだ」

 

 景はガスマスクを外し、女の子に近づき頭をやさしく撫でた。

 

「死んだら。透哉。お前のせいだからな」

 

 景はそう言うと、女の子を無理やり抱きかかえ、走った。

 

「お前がもたもたしているせいで、あんなに近くに着やがったじゃねーか」

 

 景は厭味ったらしく言い放った。

 

「だって……」

 

「……わかってるよ! でもな。いや、今はそれどころじゃない。このままじゃ3人とも死んじまう。急ぐぞ!」

 

 景は女の子を抱えていたが、走るスピードが変わることはなかった。大学を超えて、甲州街道を渡り、新宿中央公園に着いた。

 

 公園には、この辺りに住んでいた人や会社員、遊びに来ていた人たちが沢山集まっていた。

 

「女の子はここに置いていきますか?」

 

「お前。この子を殺す気か?」

 

「いや、そう言う訳じゃ」

 

「いいか、お前がこの子を助けたんだから、責任を取らなくちゃいけない」

 

「わかりましたよ」

 

「あいつらは、津波に気付いていない。ここに留まっているという事が、そういう事だ。どうせ皆死ぬ。いいか、絶対に声をかけるなよ。都庁がごった返す」

 

「わかりました」

 

 公園には入らず、公園通りから、ふれあい通りを通り、東京都庁第一本庁舎へ向かった。

 

 都の要である都庁は、耐震構造がしっかりしているのか、あれだけの地震にも耐えているように見えた。

 

 非常用発電設備に切り替わったのか、エントランスのオートドアも動いていたし、室内の照明も点いていた。

 

 エントランスには、避難してきていた人がごった返していた。

 

「エレベーターは使えない。非常階段はどこだ?」

 

 景は辺りをキョロキョロ見渡した。

 

「あっちじゃないですか?」

 

 俺は奥の方を指さした。

 

「行ってみよう」

 

 景は俺が指さした方へ走り出した。

 

「お、お母さんは?」

 

 女の子が言った。

 

「お母さんは後で迎えに行こうな」

 

 景は優しい口調で女の子に言った。女の子は黙って頷いた。

 

「その扉開けてくれ」

 

 景は扉に向かって顎でクイッとやって見せた。

 

「わかりました」

 

 扉を開けて入った。目の前に階段がある。

 

「開けたら、扉をきちんとしめてくれ。それで、水の侵入を少しでも抑えられるはずだ。まぁ誤差みたいなもんだと思うがな」

 

 景が入ったので、扉を閉めた。

 

「もう時間がない。とりあえず、登れるところまで登るんだ」

 

 景はそう言うと、階段を上り始めた。

 

「最初は歩いて行く」

 

 景の声が反響する。

 

「なんでですか?」

 

 俺はこんなのんびりしていたら、津波に飲み込まれるんじゃないかとハラハラしていた。

 

「やみくもに駆け上がったら、それこそ大事な時に体力がなくなっちまう」

 

「なるほど。でも、津波は……」

 

「わかってるさ。話すのも体力を使うから、これからは無言で行く。津波が来たら、都庁に異変があるからそれが合図だ」

 

「わかりました」

 

 それからは無言でひたすら上り続けた。女の子も俺たちの空気を察しているのか、一言も話すことはなかった。

 

 10階から11階の間の踊り場を歩いているときに、異変はあった。

 

 都庁が少し、傾むき、揺れ始めた。

 

「透哉。走るぞ」

 

「はい!」

 

「足元気をつけろよ!」

 

 景はそう言うと、階段を駆け上って行った。俺も遅れない様に、走り始めた。

 

 何段駆け上ったのだろう。30階を過ぎた頃までは、平気だった足も、太ももはパンパンに膨れ、歩くのでやっとだった。景はさすがというべきか、女の子一人担いでもまだ余裕の顔をしていた。

 

 一人遅れること、45階の展望室へ着いた。ドアを開けると、空間が広がっており、都庁職員だろうか、人で埋められていて騒がしかった。その中に、景と女の子の姿があった。景は疲れた素振りを見せず、片手を上げてニコッと笑った。それを確認すると、俺は床に倒れた。

 

 誰かが俺の方へ向かってくる足音が聞こえる。

 

「よう。お疲れさん」

 

 景は床に這いつくばっている俺の肩を叩いた。俺は「なんとか」と、一言絞り出すのが精一杯だった。あの人は化物なんだろうか。今更だが、何かやっていた人なんだろうか。意識が朦朧としてきた。瞼が重い。

 

 


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